恵比須様と鶏

2004年3月19日
恵比須様と鶏の紹介です。

恵比須様と鶏

恵比須様と鶏 

 神代の頃、中海のむこうの美保関に恵比須様という神様がおられた。恵比須様は大黒様の長男であったが、魚釣りが大好きで毎日小船で沖へ出ては鯛を釣っておられた。

 ある夕方、恵比須様が美保関へ帰ろうと櫓を漕いでおられると、南の方から「オーイ、オーイ」と呼ぶ若い女の声が聞こえてくる。恵比須様も「オー、オー」と答えられると、暫くしてまた女の呼ぶ声が届いてくる。親しい友達もなく淋しい暮らしをしておられた恵比須様は、その声の主を尋ねて船の舳先を南へ向け、力いっぱい櫓を漕ぎ始められた。時々「オー、オー」と呼びながら大根島を過ぎて揖屋の灘へ到着された。

 宵闇の浜に立って恵比須様を待っていたのは、近くの揖夜明神の美しい女神であった。女神も森の中の暮らしが淋しくて浜に出て友達を呼んでいたのである。

 ふたりの神様はすぐ仲良しになった。そしていろいろな話に夢中になっていたら夜も更けて、やがて夜明けを知らせる一番鶏の声が聞こえてきた。「アッ、これはいけない。夜の明けるまでに美保関まで帰っておかなければ…」と恵比須様は急いで船に乗られた。女神は船を見送りながら「明日の晩もまた来てくださいね」と言って別れの手を振った。

 さあそれからというものは、毎日夕方になると恵比須様は揖屋へ通われ、一番鶏の鳴くのを合図に舟を漕いで美保関へ帰られるのが常であった。

 ところが、ある十五夜の月の美しい晩のこと、二人の神様が月見の酒もりをしておられると「コケコッコウ」と一番鶏が威勢よく鳴き出した。恵比須様はたいそうあわてて浜辺へ走り小船に乗って沖へ漕ぎ出された。実はこの一番鶏は寝呆鶏で、明るい月の光を夜明けの光と間違えて鳴いたのだが、それとは知られぬ恵比須様は一生懸命櫓を漕いで帰りを急がれた。大根島の近くまで来た時誤って海の中へ櫓を落としてしまわれた。暗さは暗し気もあせるので探すことを諦めて、片足を海の中へつけて櫓の代りにして船を漕ぎ始められた。

 その頃中海にも大きな鰐鮫がたくさんいたので、舟から出ている恵比須様の足を見てこれは御馳走とばかりその足を食いちぎって逃げてしまった。

 片足をなくし命からがら美保関へ帰り着かれた恵比須様は、帰って来てもまだ夜明けに大分間のあることを知り大変怒られた。「あの鶏さえ鳴かなかったら……。あの憎い鶏め」とさんざん鶏をののしり片足をなくしたことを嘆かれた。

 このことがあってから、両神様のお心を考え神罰をおそれた美保関や、揖屋・意東・出雲郷・大草・春日・大根島などでは鶏を飼わなくなり、鶏卵も食べなくなってしまった。

 現在では鶏肉や鶏卵を食べない人はほとんどいないが、大正時代までは揖夜神社の神罰を恐れて、鶏を飼ったり鶏肉鶏卵を食べる人は全く無かった。